アーサーラッカム

アーサーラッカム(1867年9月19日- 1939年9月6日)についてご紹介いたします。
ラッカムはロンドンで12人兄弟の一人として生まれました。しかし兄二人、妹二人、弟二人は早くに亡くなっています。
父アルフレド・トーマス・ラッカムは裁判所で働き、母アニー・ラッカムは優しい心を持った人でした。
家の前には200年以上前に、各国の様々な木々を集め創り上げ、伸び放題、荒れ放題になった造園がありました。ラッカムはきっとこの木々に強い印象を受けており、教えにうねるような、躍動感やデモーニッシュな木々を描き続けたのではないかと言われております。

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子供の頃から絵の好きな少年で、枕元に画材をかくしもち、両親に隠れてこっそりと絵を描いていました。
学校でも理解のある教師に恵まれ、絵画のコンクールで何度も優秀な成績を収めていました。

ラッカムは絵の道で食べるという強い決意を固め専門教育を施してくれる学校を探しました。
両親に頼るきはなく、勤め先を探しながら、ランベススクールオブアートの夜間講習で学び始めました。ここでは風景画をみっちりと仕込まれ、後の画風に発展することになるのでした。また、この時期、いくつかの雑誌に押絵を送り、掲載されることはありましたが、その絵はまだラッカムの持ち味は感じられません。

そのうちウェストミンスター火災保険会社の事務員として働くようになり、引き続き夜にはランベススクールオブアートで腕を磨き、雑誌へ売り込みました。
1888年、1889年続けてロイヤルアカデミーのコンクールに入賞すると、ラッカムは夜間学校を辞め、、1892年に週刊誌スタッフの採用が決まると、火災保険の会社も辞めました。筆一本で生きていく決意を固めたのでした。
1893年に初めて本の装丁を担当しましたが、まだ既存のイラストの模倣であり、彼自身の卓越した技術とともに広がる幻想的な絵画は、書かれておりませんでした。

しかし、編集長が変わり、新しいスタッフを雇ったことにより、ラッカムは居場所を無くしてしまいます。
ラッカムは雑誌「ウインストンミスター・バジット」に移り、仕事を続けました。そこで、各種単行本の表紙や、押絵を担当し、確実に腕と知名度を上げていきます。
そして「インゴルズビイの伝説」という、著名な画家が担当してきた押絵本をラッカムが描き上げた事により、名声を確立することになります。
多忙を極める中、肖像画家イーデス・スターキーと交際を始めます。イーデスは器量は悪いが誰からも愛される明るさがありました。やがて二人は結婚し、ラッカムの仕事も毎年本が出る状態で、画家として揺るぎない地位を確立しています。
翌年に女の子を出産しましたが、悲しいことに死産でした。

1906年に押絵を担当したピーターパンが発売されると、爆発的に売れ、収入も爆発的に増加し、アトリエ兼住居を購入しました。
1097年には不思議の国のアリスを担当しましたが、それまでイギリス人が慣れ親しんだジョンテニエルとのアリスとかけ離れたものだったため、売れはしま したが、あまり良い評価を得ることが出来ませんでした。そのため、鏡の国のアリスの押絵を依頼されたのにもかかわらず、ラッカムは辞退してしまいました。

1908年に次女バーバーらが生まれます。

1912年イソップ童話集発売
1913年マザーグース イソップ童話集 アーサー・ラッカムの絵本発売


1914年第一次世界大戦勃発 仕事、収入が激減します。さらに翌年イーデスが心臓発作、ラッカムは献身的な介護をして、イーデスはなんとか回復しましたが、体を気遣い、二度と絵筆を握ることはなくなりました。。

1918年戦争終結。物価の高騰、人件費の増加により、廉価本を出すのがやっとの状態となります。イラスト以外にも商品パッケージも手がけるようになります。
1924年イギリスでは押絵本の黄金時代に陰りを見せ始めていましたが、アメリカではブームに沸き立ち、ラッカムも有名画家の一人として知られていました。

ラッカムはアメリカの出版社と契約をするため、渡米し、個展を開催して大成功を収めました。

さらには、EHアンダースンというコレクターが、ラッカムの押絵で世界に一冊しかない「夏の夜の夢」を作成したい、という仕事を依頼し、快諾。カリグラファーのグレイリー・ヒューイトと共に作品を仕上げ、1930年に完成しました。

(真夏の夜の夢はハイナマン社からも出版されている)
イギリス、アメリカで沢山の仕事が舞い込むようになりますが、1937年ラッカムは癌に犯され、放射線治療を受けながら必死で絵筆をふるいます。
アトリエではなく、ベッドの上で描き、精根尽き果てそのまま眠りに落ちる生活のなか、ラッカムの遺作「楽しい川辺」が1939年4月に完成しましたが、出版を待たずにラッカムはその生涯を全うしました。
最後まで徹底した完璧主義者で、一日一日を全力で生ききった人でありました。
近年ラッカムの絵本の再販が立て続けに行われました。
海外輸入されたものも書店でよく見かけます。